PSpice(評価版)でNo−168をシミュレートする


○理想NF型イコライザー

理想NF型イコライザーは、電流出力アンプ+NF型イコライザーによって実現する。

電流出力アンプの出力にRIAANFB素子を繋ぐと、オープンゲインの出力電圧特性がRIAA特性そのものになる。
これをRIAANFB素子で帰還すると、理論的には帰還電圧の周波数特性はフラット、位相特性は0°の理想的なNFBになるのである。


イコライザーアンプの出力にNFB素子を繋いでアンプ出力電圧とNFB帰還電圧の利得と位相の周波数特性を観る。






先ずは出力電圧利得特性

上がアンプの出力電圧、下が帰還電圧だ。

出力電圧は確かにRIAA特性に近いものとなっているが、200Hz以下の帯域と20KHz以上の帯域ではRIAA特性からやや乖離している。
低域の乖離はアンプの出力インピーダンスの限界、高域の乖離はアンプの高域特性の限界によるものだ。
低域についてはもう一つ、出力にパラに入っている750kΩも乖離の原因だが、これは次に繋がるフラットアンプの入力ゲート抵抗(=フラットアンプ入力インピーダンス)なのでしょうがない。

結果、帰還電圧は200Hzから20kHzまではまずまず理想に近いフラットな特性になっている。と言えるだろう。
200Hz以下の低域で帰還電圧が最大−8dB低下しているが、この程度であるとこれはアンプの出力インピーダンスと言うより出力にパラに入っている750kΩが主要な要因だ。



次に出力電圧の位相特性

こちらは上が帰還電圧の位相、下が出力電圧の位相である。

理想的には上の帰還電圧の位相特性が位相差0°の直線になることだが、現実には様々な制約から理想からはやや外れてしまう。

が、10Hzから20KHzまで位相差±30°以内に収まっており、実に素晴らしい理想的な特性と言えるだろう。
理想NF型イコライザーの面目躍如といったところだ。




電流出力アンプであるNo−168イコライザーの出力に入力インピーダンスの低い機器を繋いではいけない。

出力に16MΩ、820kΩ、400kΩ、200kΩ、50kΩをパラに繋いでその影響がどうなるか観てみよう。





先ずは出力電圧利得特性で同じく上がアンプの出力電圧、下が帰還電圧だが、
どちらも上からパラに繋いだ抵抗値が16MΩ、820kΩ、400kΩ、200kΩ、50kΩの場合だ。

アンプの出力電圧利得特性は、アンプ出力にパラに繋いだ抵抗値が小さくなるほどにRIAA特性から大きく外れてしまう。50kΩの場合は10kHz以下の低域での利得の盛り上がりが足りず最早RIAA特性とは言えないだろう。

帰還電圧もパラの抵抗値が小さくなるほどに低域の乖離が広範かつ大きなものとなっている。パラ抵抗50kΩでは帰還電圧がフラットなのは10kHz〜20kHzの範囲ぐらいで、低域ではなんと10Hzで−24dBも減衰してしまっている。

なお、このいずれの場合でも対応するオープンゲイン利得から帰還電圧を引き算すると分かるように、NFB後のクローズドゲインばどれも正しくRIAA特性にはなるのである。


次に出力電圧の位相特性

上が帰還電圧の位相、下が出力電圧の位相なのは上と同じだが、
どちらも上からパラの抵抗が50kΩ、200kΩ、400kΩ、820kΩ、16MΩの場合である。

問題は上の帰還電圧の位相特性だが、一目瞭然、大事な帰還電圧の位相がパラの抵抗が小さくなるほどに0°から大きく外れていってしまうのだ。
パラ50kΩでは、10Hzから20kHまでの範囲で位相差は+55°−20°と大きく広がってしまう。





No−168イコライザーは電流出力であるイコライザーアンプとNFB素子を組み合わせて「理想NF型イコライザー」を実現している。

が、組み合わされたNFB回路がハイインピーダンスであるため、その理想状態を保つためにはその出力はイコライザー素子の低域でのインピーダンス(820kΩ程度)以上のハイインピーダンスで受けることが理想(必要)だ。

No−168ではフラットアンプ初段のK246ゲート抵抗750kΩで受けているがもちろん820kΩで受けた方が良いのだ。金田先生もそろそろ進の抵抗が尽きてきたのだろうか。貴重な820kΩは別の用途(例えばRIAA素子)のために温存されたのだ、なんて想像するのだがどうだろう。


(2003年1月19日)


○完全対称動作


その意味するところは回路内でPP動作を構成する素子の動作が完全に対称で、入力された信号のプラスマイナスに非対称な歪みを生じない、ということであろう。

金田式DCアンプでは徹底してこの非対称をなくす努力をしている。その究極が完全対称動作であろう。


初段差動アンプ

初段差動アンプはK30の出力インピーダンスが負荷の1.8kΩに比して遥かに高いから電流出力アンプである。電流出力の意味は入力信号Vi(電圧ベクトル)が電流ベクトルで出力されるということだ。その出力電流値をIとすれば、I=Vi*gm(相互コンダクタンス:要するにGS間1Vの入力電圧が何Aのドレイン電流に変換されるか)である。だから電流(dB)プローブを取り付けて出力電流を観測する。こうすると初段のgmが簡単に測定できる。

オームの法則から初段の負荷抵抗1.8kΩに発生する電圧を観測してもよい。その方が初段の電圧ゲインを即計算できて便利だ。だから電圧(dB)プローブも取り付ける。これで電圧ゲインが直読可能になる。

対称動作であるとする以上、位相も対称である必要がある。そこで初段負荷抵抗1.8kΩに発生する電圧の位相を電圧(位相)プローブで観測する。初段はいわゆる位相反転回路であるからそれぞれの位相は180°ずれたものになるはずだ。

回路はNo−168フラットアンプに出来るだけ近いものとした。が、初段定電流回路のTRと終段TRは、C1775やC959がないのでC1815で代用だ。このため終段はC959のCobと近くなるようB−C間に30pFを外付けした。2段目差動アンプはミラー効果を遮断したいのでカスコードアンプを付加した。





アンプ入力に1VAcを加えて早速Runする。結果が下のグラフ。横軸は周波数。縦軸はdBだが、位相に関しては°(度)だ。

グラフ内の線は、下の凡例でISdBとあるのが電流利得(dB)、VdBとあるのが電圧利得(dB)、VPとあるのが電圧位相(度)である。が、グラフが見にくい。上からR1側の電圧位相、5dB付近に2本重なっているのが電圧利得(dB)、その下の0°にあるのがR2側の電圧位相、一番下の−60dB付近に2本重なっているのが電流利得(dB)の線である。

電流利得(dB)は−59dBといったところだが、これは1V入力に対して1A、すなわち相互コンダクタンスが1(gm=1S)である場合が0dBなのである。従って−59dB≒1/900だから、=1/900S≒1.1mS、すなわちこの回路の初段のgmは1.1mSであるということになる。初段は差動アンプの片方にしか入力がないのでもともとgmは素子本来のgmの半分になる。さらにソースに入った100Ωにより電流帰還が掛かるのでその分gmは小さくなる。ま、実際のK30もそんなものだろう。
問題の対称性だが初段の電流利得は10MHz超までよく揃っている。これはK30の本来の能力が示されているものであり、また差動アンプが優れた対称性を発揮することを示すものでもある。

電圧利得(dB)は6dB程度だろうか。gm=1.1であると初段の電圧ゲインは1.8kΩ×1.1mS=1.98倍≒6dBであるから妥当な結果である。
電圧ゲイン(dB)は、左右とも1MHz付近までフラットだ。が、5MHz超の領域では対称ではなくなっている。

位相は3MHzまでは180°ずれて良く対称性を保っている。が、それ以上の領域では対称性は崩れている。

この結果からすると、初段は総じて3MHz程度までは良く対称動作していると言えるだろう。が、それ以上の領域では素子(初段か2段目)の高域限界的要素で対称性が失われていく。

この結果からすると、このアンプにNFBを掛ける場合は3MHz以上の領域はループゲイン1以下に沈めたい感じではある。






2段目差動アンプ

2段目差動アンプも電流出力である。と言うより、この2段目差動アンプが電流出力であることが完全対称アンプの最も重要なポイントなのである。勿論理想的な電流出力=出力インピーダンス∞ は困難だが、そこは現実には受ける側(ここでは終段)の入力インピーダンスとの相対的関係になって、受ける側の入力インピーダンスより2段目の出力インピーダンスが相対的に高ければ高いほど理想的な完全対称アンプになるのである。
だから電流プローブを取り付けて出力電流を観測する。こうすると2段目のgmも測定できるだろう。

では、その電流出力で2段目差動アンプの負荷(と思われる)1.6kΩに生じる電圧とその位相はどうなるのであろう。電圧(dB)プローブと電圧(位相)プローブも取り付けて観てみよう。





結果は下のグラフ。見方は初段の場合と同じだ。
上からR9側の電圧位相、R8側における電圧利得(dB)、R9側における電圧利得(dB)、R8側の電圧位相、一番下に2本重なっているのが電流利得(dB)の線である。

電流利得(dB)は−50dBといったところだが、これは初段への1V入力に対して1A、すなわち相互コンダクタンスが1Sである場合が0dB。従って−50dB≒1/300だから、=1/300S≒3.33mSとなるのだが、これは初段のgmに2段目のgmが合算された数値であるから、2段目単独の電流利得は3.33/(1.1*1.8)=1.67mSである。ということになる。

こうしてみれば、上の初段だけのgmも10MHz超の帯域まで良く揃っていたが、初段+2段目でも10MHzまでは実に良く揃っている。電流出力アンプの電流ゲインがここまで揃っていれば、これだけで非常に優れた対称動作している、ということになるのだが、本来は(^^;

位相については初段と180°反転している。また位相が回転を始める周波数が初段と比較して1桁下がっている。これは終段TRのCob(ここではC959相当とするためB−C間に30pFも外付けしている)とR8,R9によって時定数が生じたことによるものだが、これも1MHz程度まで良く対称性が保たれている。1MHz超の帯域での非対称性はどうも初段(と2段目の入り口)から引きずっている感じだ。

さて、R8,R9における電圧利得(dB)については全く揃っていない。従って対称ではない。
と言った人もいたので、これだけ下で拡大してみよう。




これがR8,R9上端での電圧利得(dB)である。これにアンプ出力点での電圧利得(dB)のグラフを加え、出力段(終段)上側がエミッタフォロアだから当然の結果だ、とおっしゃった方もあった。ので、ここでもアンプ出力点での電圧利得(dB)のグラフを加えてみた。それが下の凡例で×VdB(R11:2)となっている線で、殆どR8上端の電圧利得(dB)の線と重なっている。が、超高域を見ると分かるように、ごく僅かにゲインは少ない。

まさにどこかで見たのと全く同じシミュレーション結果である。

やはり2段目差動アンプは上側のゲインが下側よりずっと大きくて非対称なのだ。
この2段目の非対称を、終段上側がゲイン1未満のエミッタフォロア、終段下側がエミッタ接地でゲイン稼いでいるということによって辻褄を合わせているのだ。
これでは対称ではない。

という風に本当にお考えだったのかどうかは分からないが、2段目のゲインの不揃いをそう上手く終段の動作型式の違いで合わせられるはずもないでしょうに・・・エミッタフォロアは負荷で電圧ゲインは殆ど変わらないけど、エミッタ接地は負荷で大幅に電圧ゲインが変わるんですよね・・・(−−)


先に進む前にこのグラフで終段自体の電圧利得が分かる。ので、後のために計算しておく。45dB−13dB=32dB(=40倍)だ。

さて、
実のところ、確かに2段目差動アンプの
上側の方がその負荷が大きいので、結果対アースで見た場合の電圧利得(dB)は上側の方が大きくなるのである。(電圧利得プローブの表示は対アースでの利得表示である。)
この点では2段目上下は確かに非対称性を有している。
また、この外面的現象をもって終段上側はエミッタフォロアである、と言うのも、定義からすれば間違いではない。

が、そこで止まってしまうと、完全対称型アンプについては
それ以上の動作理解が困難になってしまうのだ。

それは、認識の過程で便宜のために作られた類型化(定義)は当然完全なものではないので、その限界をわきまえて次の次元に進むべきなのに、類型化(定義)に拘泥してとらわれてしまうとさらに進んだ認識が出来なくなってしまうという、この世ではどこにもよく見られる現象だ。
まあ、わざと詭弁として使うこともあるが(^^;

例の3接地動作区分は、簡便に動作概念を理解させるための、電圧ドライブを暗黙の了解とした、初心者用の便宜的類型化である。だから、あのエミッタフォロア(コレクタ接地)動作も電流ドライブしてしまうと、この類型化で作られたいわゆる典型的エミッタフォロア動作概念とは大分違った様相を示すものになるのである。

ここのところを単純に入出力電圧や信号の加え方取り出し方だけでエミッタフォロア動作であると説明すると、定義からそうだ、というだけで、ではここで何故終段上側の入力電圧(=2段目上側の出力電圧)が下側より大きくなるのか?とか、それは終段上側の入力インピーダンスが高いからだとしても、では何故その入力インピーダンスが高くなるのか? などの動作の因果律が説明(認識)できなくなってしまうのである。

で、順番に追う。

(1) 先ず、2段目差動アンプが電流出力であることが要(カナメ)だ。
(2) このため終段上下のトランジスタのベース抵抗1.6kΩには等しい対称な電圧が発生するのである。

実際上下の1.6kΩに発生する電圧を電圧差(V)プローブで観てみよう。


300kHz超の帯域で上下の電圧が微妙に異なりはじめ、対称性が崩れ始めるが、この1.6kΩの両端に生じる電圧がこの領域まで一致していること、ここが本来2段目差動アンプの電圧利得の対称性を論じるべき場所なのだ。何故ならこれが故に終段上下はいわゆるエミッタ接地動作をして、等しい電流&電圧利得を発生することになるからである。

さて、先にみたように2段目までのgmは3.33mSであった。であれば1.6k負荷に生じる電圧は1.6k×3.33mS=5.328Vとなるはずではなかろうか。なのにグラフでは低域で4.5Vだ。

それは、終段がトランジスタであるためにその入力インピーダンスが1.6kΩにパラで利いているためだ。終段が真空管やFETであれば入力インピーダンスが無視できるほど高いので計算通りに5.328Vになるだろう。逆に言えばこれで終段TRの入力インピーダンスを計算で求めることができることになる。3.33×X=4.5となるX=1.35kΩであるから、1.6kΩとパラにして1.35kΩとなるのは8.7kΩである。従って、終段TRの入力インピーダンスは低域で8.7kΩであるということになるのである。勿論その数値はエミッタに入っている47Ωの抵抗による電流帰還効果も加わってのものだ。

ここで、これと上で見た電流利得(dB)のグラフ(1MHz超までフラットに伸びていた)と電圧(位相)のグラフ(約90kHzで45°の位相遅れ、即ち第一ポールfo≒90kHz)とを合わせて考えよう。
1.6kΩの両端電圧も90kHz付近で低域の−3dB(4.5/1.41421356=3.182V)になっているではないか。電流ゲインは1MHz超まで伸びているのに、だ。

即ち1.6kΩ両端の電圧値のグラフは、ここに生じている時定数の結果なのである。

そうすると、1.6kΩと終段TRの入力インピーダンス8.7kΩのパラレル抵抗値1.35kΩがドライブインピーダンスR、終段TRのCobがCとなった時定数だということに違いないのだが、それが上下でこれほど一致しているということをこのグラフは示しているのである。終段下側は典型的エミッタ接地動作に違いないから、終段下側TRのCobはミラー効果で1+終段の電圧ゲイン倍(=40倍)になるはずだ。これに対して終段上側がエミッタフォロアであるとすると上側TRのCobにはミラー効果が働かないはずだ。

だから、終段の上側がエミッタフォロア動作で下側はエミッタ接地動作であるとした場合、ゲインだけでなくポールまでこんなに一致することをいかにして説明するのだろうか。

これはやはり終段上下は外見的に違った動作をするように見えるがどちらもエミッタ接地動作をしている、と言った方がよさそうだ。ということがもうこれだけでも分かるのである。(^^;



(3) トランジスタの入力インピーダンスは上下とも(Hie+Hfe*47Ω)等しいので、結果上下のトランジスターには等しいベース電流が流れ、これがHfe倍となって、上下のトランジスターは等しいコレクタ電流、エミッタ電流を出力する。

(4) この際、2段目差動アンプが電流出力であるために、この終段コレクタ電流もエミッタ電流も等しく素子固有の特性として出力インピーダンスが高い、要するに電流出力となるのである。2段目の出力インピーダンスが高いことが要(カナメ)なのだ。

何故なら、

@2段目差動アンプが電流出力なので、その電流の経路として1.6kΩの先にアンプの負荷(No−168では1kΩ〜51kΩ)が繋がり、このため2段目上側TRから見た終段の入力インピーダンスが、終段の電流ブースター効果(終段の電流ゲイン)により 
=1.35KΩ(終段TRの入力インピーダンス)+負荷(1kΩ〜51kΩ)×終段電流ゲイン(概算1.6k/47=34)×2(終段A級PPなので)
=70.7kΩ〜3.47MΩ
と高くなっても、2段目は何らおかまいなしに信号通りの電流を出力するので、終段上下のトランジスタのベース抵抗1.6kΩには変わらず信号通りの等しい対称な電圧が発生するから。であり、

Aまた、同じく2段目差動アンプが電流出力であるために、電圧ドライブであれば終段TRのエミッタ電流が負荷に流れて生じる出力電圧が入力側の入力電圧を引き下げるというNFB効果、いわゆる電流帰還作用が回避されているから。
である。

通常のエミッタフォロアは電圧ドライブなので、エミッタ抵抗が入っているとこれに生じた電圧が入力電圧を減じる方向に働く。これが電流帰還というNFBだ。このためエミッタ側の出力インピーダンスは下がって電圧出力になるのだ。が、このように電流帰還でNFBが働くのは、信号源が電圧ドライブであるために、ベース電位が入力側の電位に規定されてしまうためにそうなるのである。

完全対称型のように電流ドライブすると、同じくエミッタ抵抗に電圧が生じても、入力電圧の方もこれに合わせて自由に逃げるように上がっていくのだ。だから電流帰還というNFBが働かない。このNFBが働かないので、エミッタ側もコレクタ側と同じく出力インピーダンスの高い電流出力であるという素子本来の性質になるのである。また、このNFBが働かないのでエミッタ側から出力を取り出してもコレクタ側から取り出した場合と同様の電流・電圧ゲインを持つのである。

要するに、電圧ドライブは自分で電圧を決める。電流は負荷によって決まる。電流ドライブは自分で電流を決める。電圧は負荷によって決まる。という当たり前のことなのだ。

この二つの結果は外見上は同じである。が、因果関係が逆なのだ。


電圧差プローブをさらに上側1.6kΩとアース間、アンプ出力端子(R11上端)とアース間にも繋いであわせて観てみよう。


上に2本重なっているのがR8上端−アース間電圧とR11上端−アース間電圧(=アンプ出力電圧)であり、下は実は3本が重なっていて、1MHz付近で上になるのがR9の両端電圧、そして1MHz付近で下になるのがR8の両端電圧と、R8上端−アース間電圧からR11上端−アース間電圧(=アンプ出力電圧)を引いた電圧の線である。1本にしか見えないがそれはこれらが完全に重なっているためである。

これをもって出力段の上段のゲインが減衰している。エミッタフォロアであるから当然である。と言ってしまうと、エミッタフォロアの減衰率は終段素子の固有のgm(増幅能力)に規定されるので、何故
R8上端−アース間電圧とR11上端−アース間電圧(=アンプ出力電圧)の差電圧がR9両端電圧とも一致することになるのかを全く説明できない。

違うのだ。同じく直感的な言い方をするのであれば、R8上端の電圧がアンプ出力電圧に従って、アンプ出力電圧+R8両端電圧で動いている(振られている)のである。エミッタ電位がベース電位に従うが故にエミッタフォロアというのであれば、ここはベース電位がエミッタ電位に従っているので、同様の命名法で言えばベースフォロアとでも言うべき動作をしているのである。

電圧ドライブは自分で電圧を決める。電流は負荷による。電流ドライブは自分で電流を決める。電圧は負荷による。のだが、結果は外見上同じように見える。あわせて信号の入力、出力の場所、3端子の接地の仕方、の定義からするとエミッタフォロアだ。従ってこれをエミッタフォロアだ、と言ってもそもそもの定義が曖昧な故に別に間違いではない・・・。

が、少なくとも、電流ドライブによって電流帰還が掛からないエミッタフォロアである、と、ことわりを入れるぐらいの配慮が必要であろう。



終段SEPP

よって、終段は上下とも電流出力である。

ということになるのだが、これを確かめよう。

終段上側TRと終段下側TR、さらにアンプ出力に電流利得(dB)プローブを取り付ける。またアンプ出力には電圧利得(dB)プローブも取り付けてアンプ全体の電圧ゲインも観てみる。





上から出力電圧利得(dB)、出力電流利得(dB)、一番下で2本重なっていて1MHz付近で上にくるのが下側のC1815の方の電流利得(dB)であり、1MHz付近で下側に来るのが上側のC1815の方の電流利得(dB)である。

電流利得(dB)の意味は先に述べたとおりだ、
上下のC1815の出力点でも実に良く一致している。対称動作をしているのだ。

低域で−21dB(=1/11.3)であるから初段からここまでの相互コンダクタンスgmは1/11.3=88.5mSということになる。これは初段+2段目のgm=3.33が加わってのものであるから、終段自体の電流利得は88.5/3.33=26.58倍ということになる。
実にNo−168FAの増幅能力はその殆どが終段のTRにより担われている、ということになる。終段TRで音が変わると言われるのもむべなるかな、だ。

さて、それがアンプ出力では電流ゲイン(dB)が6dB増えて−15dBとなっている。これは終段がA級プッシュプル動作であるためにゲインが倍(+6dB)になるからである。

この−15dBがこのNo−168フラットアンプ全体の相互コンダクタンスGMを表している。−15dB=1/5.65=177mSだ。

だから出力に負荷を繋いだ場合の電圧利得はGM(mS)×負荷(kΩ)となる。1kΩを負荷とすれば177mS×1kΩ=177倍=44.959dBとなるはずだ。果たして・・・下のグラフを見れば、出力電圧利得は45dBとなっている。

その電圧利得は90kHz付近で−3dB減衰し、それ以上では1MHz付近までは−6dB/octで減衰している。これはこれまでの解析から終段TRのCobによる形成される時定数によるものであることが明らかだが、これが終段上下のTRの電流利得でも同じとなっている。これは終段上下のTRが位相的にも対称な動作をしているということを表すものだ。

1MHz付近で上下TRの電流利得(dB)には不規則な変化が生じると共に出力電圧利得(dB)も−6dB/oct以上の傾きで減衰速度を速めている。この理由は不明だ。これはどうも初段差動アンプを観たときから引きずっている現象のようだ。素子の高域特性の限界かも知れないし、完全対称動作自体の限界かも知れない。NFBを掛ける際は早めにループゲイン1以下に沈めた方が吉だろう。





終段を下のように上下切り離して、初段+2段目+終段のPP動作の片側をそれぞれ観ることもできる。

初段と2段目は差動アンプでありPP動作の片側ずつが対称動作をするのは当たり前。終段はそうはいくまい。上の場合は終段上下がA級PP動作していたので対称動作していたのだ。と、思う人もいるかも知れない。片側ずつ観れば明らかになる。

出力の電圧利得(dB)とその電圧の位相を上下それぞれに観る。




終段上下を切り離すとDCバランスが当然崩れる。このため上下のAC動作もやや崩れるのだが、それでも十分な結果だろう。それぞれの電圧利得(約39dB)、出力電圧の位相(ゲインが片側のために半分となったので−3dB点が160kHzに伸びている)とも超高域を除けば実に良く揃っている。

これは実に非凡な対称動作である。と言う以外にない、と私には思えるが(^^;



参考までに我がNo−168FAの2段目TRバージョンモデルで同様のことをしてみる。



FETバージョンに比べ6dB程度ゲインが大きいが、これも実に上手くいっている。(^^)





さて、終段上下のTRのCob(FETであればCrss)によって生じる時定数は何故こんなに一致するのだろうか。

実は終段上下のTRのCob(FETであればCrss)すなわち出力容量によって生じる時定数はこのシミュレーションをするまでは上下で異なるものと思っていた。これがK式完全対称型アンプの唯一の非対称性だと思っていたのである。

が、シミュレーション結果はこれが完全と言っていいほどに一致することを示している。

終段下側は典型的なエミッタ接地動作だから、教科書どおり、ミラー効果によりCobは終段の電圧ゲインをAとしてCob*(1+A)に拡大され、結果fc=1/(2πRC*(1+A))の時定数(ポール)が発生する。

計算してみよう。これまでの解析で R=1.35kΩ A=40 が明らかになっている。C1815のCobは規格では2pFだ。C959相当にするためB−C間に30pFを外付けしているから、C=32pFとする。

fc=89.8kHz ぴったりだ。

これに対して、終段上側は電流的に見た実像はいわゆるエミッタ接地動作だが、各部を電圧的に見た虚像はエミッタフォロア動作なので、したがって電圧で利くCobのミラー効果は発生しないはず。よって上側の時定数は1/(2πRCob)と、終段下側に比べずっと高い位置にあるはず、と思っていたのである。

が、これは、エミッタフォロアでは何故Cobのミラー効果が生じないのかの理屈を考えずに、ただ結果的に生じる電圧で見るとエミッタフォロアに偽せるので、エミッタフォロアであればミラー効果が生じないから、という間違った思い込みだった。自分もあまり人のことは言えないわなぁ(^^;

そもそもミラー効果とは、TRのB−E間(FETならG−S間、何故ここかと言えば、どの接地動作でも、人の都合による分類にかかわらず、素子はこの2端子間の信号で動作しているのだ。)に加わる信号が増減したときに、これに伴いB−C間(G−D間)の電圧が、B−E間入力位相と逆位相で、かつ、入力信号増減比のX倍の比率で増減する場合に生じる現象である。

いわゆるエミッタフォロア動作の場合の入力はベースとアース間である。そして、ベース−アース間とB−E間の入力電圧増減比率はほぼ1:1である。コレクタは交流的にアースに接地されているから、信号はB−C間に入力されると言っても良い訳だ。したがって入力の増減比と、これに伴うB−C間の電圧増減比は互いに逆相ではあるが比率としては1:1にしかならない。ということはすなわち、B−E間とB−C間の電圧増減比も1:1にしかならないのである。
従っていわゆるフォロア動作ではミラー効果が発生しないのだ。

これがいわゆるエミッタ接地動作の場合、TRのB−E間に入力が加わった場合、B−C間はその増減のA(エミッタ接地の場合の電圧増幅率)倍の比率でしかもB−E間とは逆位相で増減する。このためB−C間のCobが等価的に(1+A)倍になるのである。

では、完全対称型の終段の上側はどうだろうか。そのB−E間とB−アース間=B−C間の増減比率が問題なのだが、なんとそれは1:Aといわゆるエミッタ接地の場合と全く同じなのである。かつ、B−C間はB−E間と逆位相だ。従って、完全対称型の終段上側には下側と同様にミラー効果が発生し、そのCobは等価的に(1+A)倍になるのである。全くエミッタ接地と同様なのだ。エミッタ接地の場合はコレクタの電位がベース電位と逆相でA倍で振れるので(1+A)になるのに対して、完全対称型の上側の場合はベース電位が交流的にアースであるコレクタ電位に対して(1+A)倍で振れる、という点が違うと言えば違うが、結果は全く同様だ。

何故こうなるのか。それは電流帰還が掛からないからなのである。電流ドライブしたいわゆるエミッタフォロアはそのエミッタ抵抗に生じる電圧による帰還作用が働かない。結果、全くいわゆるエミッタ接地と等価なのだ。2段目が電流出力であることが実に要(カナメ)なのである。反対に2段目を電圧出力にして電流帰還が掛かるようにすれば、それはいわゆるエミッタフォロア動作となりミラー効果も発生しないことになる。が、それでは終段は対称動作にはならない。ま、だからこそ完全対称型は2段目が電流出力なのだ。

と言うわけで、この結果、完全対称型の終段は時定数も完全に対称なのである。

こうして見るといわゆるエミッタフォロア動作をその典型動作概念で示される動作にせしめているものは電流帰還である、ということが良く分かる。エミッタ側に入った抵抗に電流帰還が生じてこそいわゆるフォロア動作なのである。となると、これを無視して、電流ドライブにより電流帰還が掛からない場合についてまで、それをフォロア動作に分類することは無益だ。

もともとエミッタ(ソース)接地とエミッタ(ソース)フォロアは同一のものである。いわゆるエミッタ(ソース)フォロアというものはこれを電圧ドライブした場合の特殊例である。とするのが、前段の動作も含めて動作を類型化(定義)する場合のより正しい概念、ということになるだろう。


さて、
これで完全対称型とは、初段、2段目、終段ともに、利得、位相とも完璧に一致したPP動作をするアンプであることがようやく分かった。(^^)

「今頃やっと分かったのかね・・・」と、天の声。 はっ m(__)m




○ゲインコントロールアンプ

完全対称型の「完全対称」の意味も分かった。

これでこのNo−168FAモデルの位相補正についても安心して検討できる。

先ずは位相補正なしの場合。勿論終段C959のCob想定のC1815B−C間30pFは時定数を作る。上で計算したとおり、出力に繋いだ負荷抵抗が1kΩの場合、fc≒90KHzだ。

そこで、負荷抵抗を1kΩ、2kΩ、4kΩ、8kΩ、16kΩ、32kΩ、64kΩと6dBステップで増加させた場合の、電圧利得(dB)特性と電圧(位相)特性を観てみる



上側にあるのが出力電圧の位相であり、上から負荷抵抗1kΩ、2kΩ、4kΩ、8kΩ、16kΩ、32kΩ、64kΩの場合である。対応するグラフの縦軸は右側の「2」の方で位相が0°〜−600°ということである。

下側が出力電圧の利得で、こちらは上から負荷抵抗64kΩ、32kΩ、16kΩ、8kΩ、4kΩ、2kΩ、1kΩの場合である。対応するグラフの縦軸は左側の「1」で単位はdBである。

予想通りの結果だ。終段TRのCob=32pF、ドライブインピーダンス1.35kΩ、1+A(終段電圧ゲイン)のミラー効果 によりこのアンプの第1ポールが形成されている。

負荷抵抗が増えるのとほぼ比例して終段の電圧ゲインAが増える。結果ミラー効果も比例して増えるのでポールも比例して低域に下がる。
結果負荷抵抗1kΩでのfc≒90kHz、64kΩではfc≒3kHzである。

1MHzまでは−6dB/octで電圧利得が減衰しており、これが第1ポールであることは疑いがない。

1〜2MHzという低い位置に第2ポールが見られること、さらにこれ以上の高域での位相回転が速いこと、が問題だ。

何故なら、このフラットアンプはゲインコンロールアンプとして負荷抵抗値がいずれの場合でも(=クローズドゲインにかかわらず=ボリューム設定がどこにあっても)負荷1kΩの場合のオープンゲイン値=45dBという深いNFBを掛けて使うからだ。



スタガー比を見てみると第2ポールを1.8MHzとしても第1ポールが90kHzでは1800/90=20しかないのだ。これでは安全に掛けられるNFB量は20/2=10倍=20dBまででしかない。どのようにして45dBもの深いNFBを掛けるのだろうか。

試しに、このままの状態でNFBを掛けてみよう。下図のR11を0Ω、1kΩ、3kΩ、7kΩ、15kΩ、31kΩ、65kΩとした場合にクローズドゲインでの特性はどのようになるだろうか。





勿論上からR11が65kΩ、31kΩ、15kΩ、7kΩ、3kΩ、1kΩ、0Ωの場合で、正確に36dB〜0dBまで6dBステップとなっている。

このいずれの場合でも理想的にはNFB量が変わらない、というのがゲインコントロールアンプの意味だ。上の対応するオープンゲインと引き算をしてみると分かる。が、現実にはオープンゲインの方が負荷が大きいほどに負荷に比例した上昇よりも小さくなってしまうので、負荷が大きい場合のNFB量は負荷が小さい場合のNFB量より僅かに小さくなる。その原因は、電流出力といっても2段目差動アンプや終段の出力インピーダンスが無限大ではないからである。

さて、問題は予想通り20dB以下のクローズドゲイン設定で生じる1MHz超の高域でのピークだ。
現実の場合、これでは発振する。


では、2段目差動アンプの例の位置に位相補正Cを入れよう。ここは経験上も非常に強力な効果を発揮する位相補正箇所だ。

ところが・・・
どうも具合が良くない。100pFなんてとんでもない数値を入れてみても・・・


第1ポールは2段目差動アンプに入れた100pFの効果で500Hzから11kHz程度にグッと下がった。


が、これでもNFBを掛けるとゲイン0dBでは高域に大きなピークが生じる。

これでも駄目だ


では、もともとの第1ポール、終段TRのB−C間のCを増やしてはどうか。



これによっても勿論第1ポールは大分低域に下がるのだが・・・



やはりピークが生じる。これでも駄目のようだ。




クローズドゲイン0dBというのはやはり難しい。

もう一度良くオープンゲイン特性を見よう。

問題はオープンゲインが0dBとなるポイントの位相なのだ。

これらの位相補正では、オープンゲインが0dBとなるポイントでの位相余裕が改善されていない。
どれも−150°以上だ。

これではNFB後安定なアンプにはならない。

対策を変える必要がある。

何とかして、頑固に動かない1MHz超付近のポールによる位相回転を遅らせられないだろうか?

それが下の初段に入れたステップ型位相補正だ。





第1ポールの低下をそれほど招かずに、1MHz付近での位相回転を引き戻し、結果、オープンゲインが0dBとなるポイントでの位相回転が140°に収まった。


なんと絶妙な。

これなら多分大丈夫だ。



完全対称型プリアンプ。
簡単そうに見えるフラットアンプの方が、実はイコライザーアンプよりよほど難しいのだ。




(2003年1月26日)


○連星効果:2段目のポールと終段のポール


上の位相補正の検討で、2段目差動アンプの例の位置に位相補正用Cを入れてみた場合の結果のグラフにおける電圧利得特性と位相特性は、ちょっと尋常ではない。と思えるのだがどうだろう。

よく見て欲しい。

終段TRのCob(C1815本来の2pF+BC間に入れた30pF=32pF)により負荷1kΩの場合で終段入り口に出来るはずの約90kHzのポールの姿がないのだ。そう、ポールが消滅してしまっているのである。

それだけではない。位相遅れ90°の周波数域が異様に長く続いているばかりか、100kHz以上では位相が10°程度元に戻っているではないか。

これはちと、いや、かなり変ですよねぇ・・・





大体、終段に90kHzのポールがあるということであれば、スタガー比の関係からして、その前段にこれと近い低いポールなど配置できるはずがない、というのが尋常な考え方だ。

かつてのK式では10kHz〜20kHz程度の第1ポールを2段目差動アンプのところに配置するのが通例であったが、このように終段に90kHzのポールがある場合にそのようなことをしたら、スタガー比は10も確保できず、NFBなど掛けられない状態になってしまうはずだ。無理にやるとすれば、第1ポールはオペアンプ並みに数十Hz台に配置しないとだめだ、と考えるのが普通だろう。だから、オリジナルNo−168の位相補正は初段のステップ型で対処しているのだろう、ということになるわけだ。

だが、シミュレーションなので敢えてやってみたのだが、この場合は、ごく尋常な考え方からして、このグラフはまず2段目差動アンプのところに取り付けたCによる第1ポールのところで利得グラフは−6dB/octで傾き、位相は−90°へ向けて回転し、第2ポールとなる90kHz付近で利得カーブが−12dB/octと傾きが急になるとともに、位相も−180°へ向けて回転が速くなるもの、と想定していたのである。

なのに、これはどうしたことなのだろう???

まるで、ポール消滅ミステリーではないか・・・



確かめよう。

終段のポールをずっと高域に移動させ、2段目差動アンプの例の箇所に入れるCで約90kHzに第1ポールを発生させてみよう。
終段のポールは外付けの30pFを取り外せば、Cobは素子本来の2pFになるので、これによる終段のポールは負荷抵抗1kΩで 
fo=159/(1.35×0.000002×41)≒1.44MHz となるはずである。

ところで、完全対称型の2段目の素子のCobやCrssで時定数が発生するメカニズムであるが、これについては、GOA型等の場合と同じように、ミラー効果でCobやCrssが拡大され、これが2段目入り口の初段負荷抵抗(2段目がTRである場合はこれにTRの入力インピーダンスがパラになる)とで時定数を形成するもの、という点に何ら変わりはない。

2段目は電流出力ではあるが、その結果として素子のB−C間(G−D間)の電圧は変動しているから、もともと時定数は生じるし、これがB−E間(G−S間)の入力電圧と逆相でかつ振幅が入力電圧振幅のX倍であれば、ミラー効果でCobやCrssが(1+X)倍に等価的に拡大されるという点も同じなのである。

そこで、2段目に生じる時定数を計算するためには、2段目に入れるCの両端電圧の振幅比が何倍なのかが明らかである必要があるのだが、それは、初段の電圧ゲインと2段目+終段の電圧ゲインの倍率そのものなのである。

ただし、この場合に差動アンプの右側はこのとおり初段電圧ゲイン:2段目電圧ゲイン×終段電圧ゲイン であるが、差動アンプ左側は初段電圧ゲイン:2段目電圧ゲイン である。終段の電圧ゲイン分が2段目の右側だけに利いてくる訳で、このため右側の例の場所にCを入れるとミラー効果が終段のゲイン分大きくなるのである。

で、以下は2段目右側に位相補正を入れることを想定したものである。

すでに解析したとおり、初段、2段目差動アンプ、終段の電流ゲイン、電圧ゲインはこうだ。

         初段     2段目      終段(PP動作で)     計
電流ゲイン   1.1mS   1.67mS     53.16倍    177mS   (gm表示)

電圧ゲイン   1.1mS   3.33mS      177mS          
       ×1.8kΩ  ×1.35kΩ  ×     1kΩ   ×  1kΩ  
               /1.98    /   4.5
電圧ゲイン  ≒1.98倍  ≒2.27倍   ≒   39.5倍    177倍
        (2倍)    (2.2倍)       (40倍)   =45dB


   *注) ここで終段の電圧ゲインは終段の負荷抵抗に比例して変動する。

計算の便宜上、電圧ゲイン 初段=2倍、2段目=2.2倍、終段=40×負荷(kΩ)倍としよう。

とすると、終段TRのB−EとB−C間の電圧増減比率が40×負荷(kΩ)倍で、2段目FETのG−SとG−D間の電圧増減比率が88(40×2.2)×負荷(kΩ)倍ということであるから、

終段TRに働くミラー効果は、   1+40×負荷(kΩ) 倍
2段目FETに働くミラー効果は  1+88×負荷(kΩ) 倍

結果
終段入り口に出来るポールは  fo=159/(1.35×Cob×(1+40×負荷))
2段目入り口に出来るポールは fo=159/(1.8×Crss×(1+88×負荷))

と計算されることになる。

負荷1kΩで終段TRCob=32pFだと 終段ポールfo=89.8kHzは上で計算したとおりだ。

で、負荷1kΩで2段目差動アンプの例の箇所に11pFのCを外付けすると、計算上2段目にfo=90kHzのポールができるはず、とこの計算式から求められる。ので、これを見てみよう。




結果、確かに90kHzに第1ポールが出来ている。これは2段目に出来たポールだ。終段のポールをはじめ第2ポール以降はMHz以降にある。



比較のために、2段目のCを取り去り、終段に30pFを外付けして終段で90kHzの第1ポールを作った場合も見ておこう。


これでも勿論約90kHzの第1ポールを作れるわけだ。勿論2段目で作った場合とは微妙な違いはある。それは当然だ。



さあ、では終段で出来るポールはこのままにして、2段目差動アンプの例の位置に11pFを外付けし、2段目のポールもわざとfo≒90kHzのポイントにぶつけてみようではないか。

fo=90kHzから利得は−12dB/octの傾斜で減衰し、位相も−180°へ向けて急激に回転してしまうはずだ。







という予想は全く外れ、約50kHzの第1ポールがひとつできた。(??)
利得の下降直線が1MHz超まで−6dB/octであるし、位相の回転具合からしても1MHz付近までは1つのポールである、としか読めない結果だ。

なんと90kHz付近の2つのポールが消滅して50kHz付近に新たに1つのポールが作られた・・・? そんなバカな! が、これが事実なのである。

いかがだろうか。

これが、実はポールが2個なのに1個にしか見えないという、連星効果の一例なのである。




完全対称動作、というより、終段がいわゆるエミッタ接地動作で電圧ゲインを持っていることによって、2段目のポールと終段のポールに“連星効果”が生じるのだ。

連星効果

・実はポールが2個なのに時に1個にしか見えない。
・だが、1個ではとてもありえないの様相を示す。
・よくよく観察すると実は2個がそれぞれ影響しあってそんな不思議な様相を示していることが分かる。

という訳なのだ。

問題は、何故、連星効果が生じるのか?

なのだが、その答えは先の式

終段入り口に出来るポールは  fo=159/(1.35×Cob×(1+40×負荷))
2段目入り口に出来るポールは fo=159/(1.8×Crss×(1+88×負荷))

に隠されている。

問題は終段の電圧利得なのである。それは負荷1kΩの時に40倍だ。これと2段目の電圧利得が加算されて2段目のポールを計算する数値は88倍になる。

が、この40倍の利得は終段の低域での利得であり、周波数が高くなると共に終段に出来るポールにより低下していく。これは当然の結果であって終段のポール自体の姿には何の特別な影響を与えるものではない。

が、2段目のポールの形成には大きな影響を与えるのである。終段の利得が自らのポールで低下してしまうと、上の式で負荷1kΩの場合の「88」の数字が当然減っていくのである。これは2段目に生じるミラー効果を減少させるということだ。

完全対称型の場合、2段目に出来るポールは勿論終段のゲインの関数なのであるが、終段のゲインは終段自体のポールによって周波数の関数である。このため、2段目に出来るポールは自らのCによる周波数の関数であるだけではなく、終段のポールによる周波数の関数でもある、ということなのである。そして、2段目のポールに働く終段ポールによる周波数の関数は自らのCによる周波数関数と効果が逆なのだ。すなわち互いに打ち消し合うベクトルなのである。

だから、上のように二つのポールをぶつけると、1つのポールが消滅してしまったような結果になるのである。

完全対称型は、この連星効果(≒ポールの打ち消し効果)のために2段目のポールと終段のポールはごく近くにあっても、あるいは重なっていても何ら問題がないのである。逆にこの効果を上手く活用することによって位相補正に素晴らしい効果を生み出すことも可能かも知れないほどだ。

分かってしまえば当たり前のことなのだろう。

常識だけでなく既知の概念からなかなか抜け出せないのが凡人の凡人たるところである>(^^;

これを知って、No−139をあらためて見てみるのであった・・・。
2段目差動アンプと終段ドライバーにCobの大きなTRを起用していても、連星効果でスタガー比が取れないという問題もなく(実はこれが不思議だったのだ)、実質的に1ポールのようにNFB安定性の良いアンプになっていたわけだ。




“連星効果”のいくつかの姿を見る。


終段ポールを固定したまま、2段目のポールをその後ろから前に移動させる。

2段目の例の位置に入れるCを
0pF,1pF,2pF,4pF,8pF,16pF,32pF,64pF,128pF,256pFと変えていくパラメトリック解析





位相曲線が羽のような姿を描く。2段目のポールが前方に移行するほどに位相の戻り効果が顕著になっている。






終段のポールを1桁高域に上げて同様に遊んでみる。




効果は同じだが、より雄大な姿になった。






今度は2段目のポールを90KHz付近に固定して、終段のポールを後ろから前まで移動させる。
図のC2=1pF、2pF、4pF、8pF、16pF、32pF、64pF、128pFと変化させたパラメトリック解析




終段のポールの移動は初段のポールの移動ももたらし、まるで利得特性は1ポールで、位相特性は2ポールが連動して動いている、といった感じの変化を示す。とても2つのポールが近づいて交わって、というイメージではない。
連星効果なのだ。
不可思議な世界なのだが、考えてみれば当然なのだろう。






(2003年1月29日)


連星効果の原因をさらに探ってみる。

2段目のG−D間のCで位相補償すると、Cによる帰還作用で2段目カスコード出力が電流出力状態から電圧出力状態へと移行するのではなかろうか。そうすると終段上側はエミッタ接地動作からエミッタフォロア動作に移行してしまうはずだ。エミッタフォロア動作であれば終段にはミラー効果が生じない。だから終段のミラー効果は消滅する。
これが連星効果の実体なのではないだろうか。

確かめよう。

事実を確実に観測するために、2段目は相互作用が生じないよう差動アンプを止めて独立のソース接地動作にする。
終段上側だけに位相補正用のC100pFを挿入する。
さらに終段も上下を分離し相互作用を排除する。

この状態でIV変換抵抗であるR8とR9の両端電圧、及び、上側の負荷R15と下側の負荷R16の両端電圧を観測する。

終段下側は2段目の出力が電流出力であろうが電圧出力であろうがエミッタ接地動作をするが、終段上側は2段目出力が電圧出力になってしまうと確かにエミッタ接地動作からエミッタフォロア動作になってしまうはずだ。そうすると終段上側と終段下側のゲインは当然異なることになるから、R15とR16に出力される電圧にも大きな差が生じるだろう。その辺をこれで確かめてみようという訳だ。







結果が下のグラフ。

凡例にあるとおりなのだが、1MHz付近まで帯域が水平に伸びている2本の線のうち、上がR9の両端電圧、下がR16の両端電圧の周波数特性であり、10KHz付近から既に下降している線が実は2本ぴったりと重なっていて、15MHz付近で分かれて上に伸びていっているのがR8の両端電圧、他方がR15の両端電圧の周波数特性である。

ただし、R8とR9の縦軸は1のmVのスケールであり、R15とR16の縦軸は2のVのスケールである。

R8とR9の両端電圧は低域で347mVと対称であるが、2段目右側には初段の1.8KΩとC3=100pFによる約45KHzの時定数が生じているために10KHz弱から電圧が低下していることが分かる。

問題はR15とR16に生じる電圧だが・・・。もし、終段上側がいわゆるエミッタフォロア動作になってしまえば電圧増幅能力は失われるから、エミッタ接地動作をする終段下側と同程度の出力電圧にはならないはずだ。

が、
このグラフのとおり、終段下側のR16の両端電圧が低域6.7VでR9両端電圧の周波数特性と相似であるのと同様に、終段上側のR15の両端電圧も低域6.94VでR8両端電圧と10MHz超の領域まで相似形を保った周波数特性となっている。

要するにこの結果は、2段目に位相補正用のCを入れても終段上側はなお電圧ゲインを有するエミッタ接地動作をしているということを表しているのである。

この結果からは、位相補正Cの挿入により2段目が電圧出力(=低出力インピーダンス)となり、結果終段がエミッタフォロア動作になるために終段のCobにより形成される時定数が消滅することが連星効果の内容である、ということにはならないようだ。






終段TRのB−C間に100pFを挿入してわざと終段入り口にも約50KHzの時定数が生じるようにする。





100pFの挿入により約50KHzに時定数が生じているのが右側の2本の線で、これが下側である。

終段上側は下の左側の線で2本が重なっていて1本にしか見えない。が、縦軸のスケールは上の場合と同様に別々である。

上側の時定数は下側の時定数よりやや低い位置になる。のはこれも連星効果によるものである。
しかも利得の減衰度は上側も下側と同様−6dB/octのままである。
終段もこの状況で電圧利得を有していることは明らかであり(A=6.94V/347mV=20倍=26dB)、であれば計算上も159/(1.6(KΩ)×0.0001(uF)×21)≒47KHzの時定数が消滅することなく生じているはずである。
が、2段目に生じている時定数と相関して約25KHzの時定数が1個だけ生じているような様相を示しているのだ。

やはり、2段目G−D間に挿入したCによる帰還作用で2段目の出力インピーダンスが下がり、結果終段がエミッタフォロア動作になるために、終段のCobにより形成される時定数が消滅する、これが連星効果の内容である、ということではないようだ。






2段目をエミッタ接地動作にちょっと変えただけのようだが、それでは2段目に強力な電流帰還が掛かって利得も周波数特性も大幅に変わるだろうに。上の結果はそのせいじゃないか・・・(−−)

と、思われる方もいらっしゃるかもしれない。ので、2段目を差動アンプに戻して同様に試してみる。

確かにこれで2段目の電圧ゲインは上の10倍強になる。

よって2段目G−D間に入れるCは10pFにする。





結果は・・・、同じである。

それよりも、これで2段目差動アンプの能力とその限界が分かる。

2段目G−D間の位相補正Cは右側(=終段上側)にしか入れていないのだが、これによって生じた時定数の効果は2段目左側=終段下側も規定している。これが上の2段目を分離した場合との違いであり、これが差動アンプとしてPP動作している証左なのだ。

が、それらは完全には一致していない。この点は2段目差動アンプの能力の限界だ。これは2段目左側にも適切なCを挿入することにより改善可能かもしれない。






終段TRのB−C間にもCを挿入し時定数を発生させてみる。

100KHz程度だから50pFで良いだろう。





結果は、やはり2段目分離のエミッタ接地の場合と同じだ。

この場合は終段入り口に発生させた時定数がメインポールになったようで、この方がかえって上下のバランスが良いことが分かる。使える結果だ。





(2003年3月1日)